翔んで埼玉2019年03月01日

関東で仕事をしていた頃、東武東上線を利用していた時期があり、埼玉県人が池袋に集中するという仮説は実感があり、笑えました。ビルの屋上で東武と西武のネオンが見える光景も懐かしかったです。
これは埼玉や千葉に住む人たちのコンプレックスのようなものを笑いのネタにしているのだと想像します。
それでも、そこに住んでいる皆さんは自分が首都圏にいて、全国の平均からすれば圧倒的な都市圏にいることを自覚しているからこそ、笑って見ることが出来る余裕があるのではないでしょうか。
所沢、春日部、西葛西がギャグになる。これは東京圏に住んでいる人にしか笑えないネタと言えましょう。
わたしゃ大阪の場末の映画館で見ました。そう、私は関西人なので今ひとつノレなかったと考えられます。

スパイダーマン スパイダーバース(吹き替え版)2019年03月08日

去年みた「ヴェノム」のオマケで少し流れていた映像がこのアニメ版スパイダーマンだった。
国内産は別として、私はこれまで米国産アニメといえばディズニーに代表されるようなファミリー向けの作品を中心に鑑賞してきた。拙い鑑賞履歴の中では少し尖った内容のものというと「アフロサムライ」(これは字幕版だった)くらいしか思い浮かばない。
で、今回の「スパイダーマン スパイダーバース」ですが、個人的にはサム.ライミ監督の一本目の「スパイダーマン」以来というか、それ以上の快作だった。冒頭でピーター.パーカーが悪の首領に殺されてしまうという展開である。毒蜘蛛に刺された少年が出会った直後であり、共鳴できたのも一瞬の出来事にすぎないが、二人の間で重要な約束が交わされる。
その後、悪の策略で五つの異次元と交錯した世界で、全部で六人のスパイダーマンが登場する。絵柄までが変わった様々なキャラクター達である。もっとも存在感を発揮するのが、四十才になったピーター.パーカーで、年相応に身も心もくたびれて哀愁感を漂わせつつも、話の流れの中で少年の成長に関与する。
向こうの言葉を借りて表現するならば、クールな映画である。実写のCGに食傷気味の今日この頃、新しい映像表現に出逢えた気持ちでありました。
クールだ。

運び屋2019年03月08日

90才の爺さんの話である。日本で言えば昭和四年以前に生まれた人が相当する年である。私の勝手な想像なのですが、普段出かける映画館の中にいる観客に、この年代以上の方がいらっしゃる確率は、かなり低いのではないのかな、と。つまり、客の大部分はクリント.イーストウッドよりも年下なのではないでしょうか。
やばい連中が拳銃を見せびらかせながら凄んできますが、戦争に行ったことがあるために銃に耐性があり、冷静でいられる。現実の経験値は他のどのような勉強にも勝ると考えられますが、ここに90年の年輪が重なればほとんど無敵のように思われます。
実際、主人公のアールはかなり魅力的な人物であり、麻薬の売人や行きずりの警官、金で買った情婦たちからも好意を寄せられているようです。愛と憎しみは紙一重と言いますが、アールの家族は妻から子供、孫に到るまで、みんなこの人物にかまってもらいが故に、苦しんでいるのでしょう。
悪行は続かない。わかっちゃいるけど、大切な教訓なのです。

狼たちの午後2019年03月11日

レンタルビデオが出現する以前の子供時代、テレビの洋画劇場は重要な番組であった。映画館以外で映画を見る方法なんて、テレビしかなかったのだ。もちろんビデオのない時代だから録画なんてできない。きちんと準備をしてから夜9時の放送開始を待っていた。時間は巻き戻せませんからね。楽しかったなぁ。
60年から70年代の海外作品はテレビで親しんだものが多く「狼たちの午後」は、その中の一本なのだ。
初放送時、実際に大阪で銀行の立てこもり事件が発生した。事件の経過があまりにも酷似していたがために、テレビ放送が延期されたという記憶があります。
警察の迅速な対応によって犯人を追い込んでしまったことで、人質を伴った籠城事件に発展して、長時間の膠着状態に陥ってしまうのだ。初動捜査の時点でFBIの捜査官が「なんで犯人を外に出さなかった」と非難しておりました。犯人グループの三人には銀行強盗に至る動機がそれぞれにありまして、必ずしも一枚岩ではない立場が、最後の悲劇へと繋がっていくのです。
強盗のパチーノとカザールは「ゴッドファーザー」では兄弟役でした。この映画でも互いに雰囲気を醸し出しています。

ランチ2019年03月24日

帰省した。駅前のトヨタレンタカーでヴィッツを借りて、家に帰る。それから実家の家族を乗せて、私が通った高校のある町にゆく。目的地はソムリエの資格を持つ店主がやっているフランス料理の店である(家族のリクエスト)。車だし、昼時なので、ランチメニューをいただくことにする。ワインはなしである。
前菜のサラダ、汁物はポタージュ、パンが一切れ(お代わり自由)、メインディッシュ(魚か肉)、コーヒー(または紅茶)のコースだ。完全に女向けのお食事であり、男の私にはボリューム的に物足りない。
白く巨大な皿の真ん中に、絵画のような美しい盛り付けで、肉と野菜とソースが乗っかっている。
前にも書いたことがありますが、料理を写真に写すと旨味をカメラに吸い取られるという迷信を私は信じている。
だから、私はメシを食うときにあまり写真を撮らないことにしている。
店は店主が一人でやっていて、給仕も誰もいないから、満員の店内では仕事がありすぎて、注文してから料理が提供されるまでに、かなりの時間がかかった。個人の経営する食堂は辛い。料理は美味かった。
その後、海岸沿いの道を車で流した。子供の頃、夏休みを過ごした入り江の風景。今は寂れて夏になってもほとんど客がいないが、商店はまだ残っている。
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