ガストのモーニング2020年09月02日

私は普段ファミレスを利用しないのだが、去年のこと、保険屋と契約の話をしたのをきっかけに何年かぶりにガストに行った。入り口で、黒い服を着た女の店員に十時半まではモーニングの時間ですよと案内された。真夏なのに黒ずくめの上下に黒いエプロンしかも下は長ズボンである。葬式みたいな服だと思ったのだが、前みたいな明るい色のスカートにエプロン姿は流行らないのだろう。
紹介されたモーニングセットには洋食と和食があり値段も手頃で、飲み物とスープはセルフ方式でおかわり自由だった。テーブルも広く、駅前のファーストフードや、喫茶店よりも快適だった。そのことを覚えていたので、今朝、車を運転して近所のガストに行った。先日図書館で借りた「怒りの葡萄(上)」の返却日、今日中に読みきらなくてはならない。あと五十頁ほど残っている。家で読むよりもファミレスの方が集中できそうな気がしたのだ。朝の店内には年配の客が多い。「お好きな席に」と言われたので、道路側にある窓際のテーブルに行き、座った。スクランブルエッグにフランスパンのセットを注文し、冷たい烏龍茶を飲んだ。

画像は文と関係ありません。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎(4Kデジタル修復版)2020年09月06日

寅さん二十二本目。第二十七作、昭和五十六年の公開。
瀬戸内海の小島で売をしていた寅さん、海の見える高台で休んでいる時、背後にある墓場で墓参りをしている美人(ふみ)を見る。生来の女好きの本性で彼女に声をかけ、親しくなり、島の港で別れる。
その後、東大阪の石切神社で偶然に彼女に出会うのだった。彼女は大阪の芸者さんだったのだ。寅さん(山田洋次監督)は人の多い街をあまり好まない傾向があり、地元である東京をのぞいて日本の大都市を旅する姿はあまり見たことがない。ましてや嫌いだという大阪の新世界に寅さんが止まる理由はふみさんがいるからに他ならない。休日にデートで生駒山の宝山寺を訪れた際、ふみには幼い頃に別れた弟(ひでお)がいることを知る。子供の頃に別れて以来、弟に会ったことがないというふみさんに寅さんは今すぐ会いに行こうと、大阪まで戻り、タクシーに乗ってひでおが勤めているという運送会社まで訪ねていくのだった。応対した運送主任はふみと寅さんがひでおの身内だとわかると、事務所まで案内し、ひでおが死んだことを告げるのであった。
その夜、酔っ払って新世界の宿にまで来たふみさんは寅さんの膝で号泣しながら寝てしまう。そんな彼女に優しく布団をかぶせ、そっと部屋を後にする寅さんだった。
チラシの裏に書かれた「さようなら」の手紙を抱え、柴又に帰った寅さん。今回は相手がかなりの美人で入れ込んでいただけに失恋のダメージも相当である。晩飯で食卓の反対方向に向かって座る寅さん。ボーン、、、「四天王寺の鐘の音かぁ、、」夕飯を前にしてさくらが言う「食べないのね」、、「いらない」
その後、ふみさんが結婚の報告にとらやを訪ねるのだが、「こっちの気持ちにもなってくれ」とさくらに愚痴をこぼす寅さんなのだった。

この時期は私が映画館通いを始めた頃で、宗右衛門町にデ.パルマ監督の「殺しのドレス」のポスターが貼ってあったり、源公が風呂敷で「エレファントマン」のマネをしたり、懐かしい映像が出て来ます。通天閣周辺は今では綺麗に整備されてしまって風情もへったくれもない風景です。
マドンナは看板女優の松坂慶子です。別格ですな。

男はつらいよ 寅次郎紙風船(4Kデジタル修復版)2020年09月06日

寅さん二十三本目。第二十八作、昭和五十六年の公開。
冒頭、満男にお土産を買って来た寅さん、それは紙風船である。コンピューターゲームで遊んでいる満男は当然ながら見向きもしない。喜ぶと思っていたのか、気を落とす寅さんを慰めようと、とらやの人たちは小学校の同窓会の案内状を見せ「いって来たらいいじゃないか」と勧めるのだった。いじめられた過去があり、今でも恨みに思っている同級生たちは寅さんを毛嫌いしている。どうせ来ないだろうと言っているところに登場する寅さん。その後、嫌な展開が待っていた。とても苦味のある最初のエピソードの後、また旅に出ることになる。
旅先の旅館で女将さんから相部屋を頼まれた寅さん、相手は若い女だという。こっちの人相風体をわかっているのかと聞くと承知の上とのこと。部屋に上がって来たのは二十歳くらいの家出娘、愛子(岸本加世子)である。ありえないような展開かもしれませんが、そこに疑問を挟むとこの映画が成立しない。話すうちに寅さんを気に入った愛子はその後もまとわりついてくるようになる。
神社の境内で愛子と一緒に売をしていると、向かいの露店の女が差し入れを持ってやって来た。女は寅さんのテキ屋仲間カラスの常三郎の女房(光枝)だったのだ。常が重病で臥せっていることを聞いた寅さんは見舞いのために秋月のあばら家を訪れる。
寝床で「俺に何かあったら光枝を嫁にしてくれ」と口にする常、小川の土手で別れ際に「亭主はもう長くないの」と打ち明ける光枝。寅さんは常の言葉を鵜呑みにしたわけではなく、重病人に対する気遣いもあってわかったよと言っただけなのだ。しかし実際に常が死に、光枝が上京して来、本郷の旅館で働くようになると本気で考えるようになる。
寅さんは結婚できない。心の根っこでは結婚したくないというのが私の考察なのですが、あくまでもいちファンの感想であります。陰気な話を救っているのが愛子(岸本加世子)の存在で、最後の場面で再び登場し、映画を締めくくる役を担っています。

この時点でシリーズ開始から十二年目。寅さんも少し年をとりました。この頃から満男役が吉岡秀隆に変わっています。まだ小学生なのかな。当たり前ですが完全に子供です。

男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋(4Kデジタル修復版)2020年09月15日

寅さん二十四本目。第二十九作、昭和五十七年の公開。
タイトルバックの映像が江戸川ではない作品はおそらく初めてではないだろうか。シリーズ開始からいくつかのパターンが決まっている「寅さん」ですが、今作では少し変則的な部分が見受けられます。前半部分で寅さんはとらやに帰って来ません。鴨川の見える土手でボロい下駄をはいた老人の鼻緒を直してあげる寅さんだったが、実はこの老人、人間国宝の陶芸家(加納作次郎)でありまして、気に入られた寅さんは加納老人の自宅兼工場に出入りするようになります。そのまんましばらくの間、京都に居ついてしまうわけです。ここで女中さんのような仕事をしているのが今回のマドンナ、かがり(いしだあゆみ)です。同時に工房で暮らす先生の弟子や婆さんたちとも仲良くなるのだ。そんなとき、とある事情で加納先生に叱責されたかがりさんは故郷の丹後に帰ってしまいます。自分の言い過ぎを後悔した先生は、寅さんに旅の途中で寄ることがあったら丹後に行き、かがりさんの様子を見て来てほしいと頼むのであった。
言われるままに港町丹後を訪れた寅さん、かがりの家を尋ねるのですが、帰りの船を逃してしまい、そのまま一晩泊めてもらうことになってしまいます。ここで意外な事実が判明するのです。晩酌に預かっている席で、なんとかがりさんが自分に好意を持っていることがわかってしまうのだ。その場は眠くなったとかがりさんをはぐらかし、寝床に入ってしまう寅さん。翌日は逃げるように帰ろうとしますが波止場まで見送りに来た彼女に後ろ髪を引かれるような気持ちで丹後を後にします。
柴又に帰り、自分の行動を反省し「俺は馬鹿だ」と恋の病に臥せってしまう寅さん。これまでならば失恋して旅に出るというのがお決まりのパターンだったのですが、失恋して帰って来て、とらやで寝込むというのは珍しいことなのだった。当然ながらここで話は終わりません、なんとかがりさんが柴又まで寅さんを追いかけてくるのです。とらやでそれとなく手紙を握らされ、鎌倉での逢引に誘われるのでした。
今までマドンナから積極的にアプローチを受けた経験のない寅さんは完全に腰が引けてしまって、せっかくの機会をものにできず、涙を流すという過去にない展開になります。
ラスト近く、人間国宝から譲り受けた名器の茶碗を東京で開催する個展のために貸していただきたいと、先生の弟子がとらやを訪ねて来ます。茶碗はタコ社長の灰皿になっているのだった。

盆正月、一年に二回(初期には年三回)のペースで十三年、しかも二十九本目でこのクオリティー、驚異的な映画である。

男はつらいよ 旅と女と寅次郎(4Kデジタル修復版)2020年09月23日

寅さん二十五本目。第三十一作、昭和五十八年の公開。
マドンナが都はるみ(役名は京はるみ)。役名を含めてほとんど本人が実際の姿のままそのまんまで出演しています。歌手がマドンナというのは前にも木ノ実ナナの回がありましたが、今回は演歌歌手です。新潟の出雲崎で出会い、漁船に便乗して佐渡島に渡る寅さんとはるみさん。
最初、寅さんははるみさんの正体には気がついておらず「ワケありの女」としか認識していない。同じ民宿に泊まって、女将の婆さんの手料理を食いながら酒を酌み交わす。婆さんははるみが有名な歌手であることに気がついていて、彼女が床についた後、一人で飲んでいる寅さんにサインを貰ってくれないかと頼むのであった。寅さんはそのまま知らないふりをして翌朝からもはるみさんと佐渡島の旅を続けるのでありましたが、間も無く追いかけて来たプロダクションの社長一行に見つけられてしまいます。別れの場で寅さんははるみさんの名前を口走ってしまい、その素性を悟っていたことがバレてしまうのだった。
劇中、はるみがコブシをきかせた節まわりで歌を口ずさむ場面がなんどもあり、演歌好きを喜ばせる内容になっております。クライマックスではとらやで観客を集めて「アンコ椿は恋の花」を歌唱するというサービスもあるのです。
演歌と人情劇なのですが同年代の洋画でロックンロールの寓話「ストリート.オブ.ファイヤー」みたいな渇いた高揚感があると感じるのは私だけでしょうかね。ラストのトム.コーディは寅さんそのまんまである。
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