男はつらいよ 寅次郎心の旅路(4Kデジタル修復版)2020年11月04日

寅さん三十四本目。第四十一作、平成元年の公開。
オーストリアのウィーンが舞台となっているシリーズ中でも異色の作品。市井の人々の生活臭が漂ってくるような映像が魅力の「男はつらいよ」ですが、ウィーンでのそれはまるで絵葉書を切り取ってきたかのような美しい景色ばかりであります。石畳の美しい街並みと美しく青きドナウ川。
マドンナのおばさんはスパイの未亡人で、家の中に綺麗な犬を住まわせてリビングにはグランドピアノがドカンと置いてあり、その上には額に飾った写真が並んでいます。日本人が想像する西欧の風景そのものであり、完全に外国です。作者も観客もわかっていることですが、寅さんには全くもって合いません。

宮城県の一両編成ローカル線に乗っている寅さん、電車が急ブレーキをかけて停車します。外に出てみると線路の上で寝そべっている中年男。うつ病で自殺を図ったサラリーマンの坂口兵馬(柄本明)でありました。ゆきずりの縁ですが捨て置けない寅さんは坂口さんを旅館に連れて行き、芸者を呼んで酒を酌み交わし、一夜を過ごすのでありました。すっかり寅さんに懐いてしまった坂口さん、自身の望みであったオーストリアへの旅を寅さんと一緒に行きたいと言い出します。
ある日、唐突にくるまやを訪れた旅行会社のエージェントはウィーン旅行のための航空券その他を取り出し、車寅次郎様のパスポートを拝見したいと、述べるのでありました。面食らうくるまやの人々。ウィーンを湯布院だと勘違いしてあっさりと同行を引き受けた寅さんも、行き先がヨーロッパとなると、さすがに自分には無理だと判断し、家族の助言に従って断ることに同意するのでした。

結局、オーストリアまで旅をすることになる寅さん。ウィーンで必死に働いている日本人の久美子さん(竹下景子)と出会い、恋をします。西欧の食事が口に合わなくて閉口しているところ、久美子さんに紹介されたマダム(淡路恵子)からシャケ茶漬けやらおにぎりをいただいて、生き返るのでありました。久美子さんの運転でドナウ川のほとりに出かけ、川の流れを眺めながら日本の話をする二人。寅さんは彼女の頑張りをたたえつつ「故郷に帰りたいだろう」と帰国をすすめるのです。久美子さんも「故郷の塊」みたいな寅さんと話すことで郷愁が募り、一旦は日本に帰ることを決意します。
帰国を決めた久美子さんと寅さん坂口さんが空港のゲートをくぐろうとした時、どんでん返しが起こります。

ラストシーンは日本です。寅さんが相棒のポンシュウと祭りの境内で啖呵売をしています。帰ってきました。やっぱり日本が一番いい。それが結論ですな。

男はつらいよ ぼくの伯父さん(4Kデジタル修復版)2020年11月04日

寅さん三十五本目。第四十二作、平成元年の公開。
今年六月の第一作「男はつらいよ」から他の映画をほったらかして、ずっとリバイバル公開を追いかけてきましたが、ついに「満男シリーズ」と呼ばれている一連の作品群に到達いたしました。寅さんのおいである満男がもう一人の主人公として作品の中核を担うようになるのです。時代は平成、満男は浪人生になっています。
満男には惚れた女がいる。高校時代の後輩で名前は及川泉(後藤久美子)という。彼女は両親の離婚をきっかけに母親と一緒に名古屋に引っ越していってしまったのだ。実は文通しているのである。恋からくる妄想で勉強が手につかない満男はとうとう女に会うために家出をしてしまうのであった。いつの間にやら単車の免許を習得していた満男は、オートバイに乗って名古屋を目指すのだ。鈍行の電車やバスでの移動を好む寅さんとは対照的な姿であります。名古屋で泉の母親(夏木マリ)会い、泉が叔母のいる佐賀で暮らしていることを聞いた満男はそのまんま高速道路に乗って九州に向かう。この映画の中では満男の旅がメインになっているのだ。
佐賀に到着した満男は地方の旧家によくあるような巨大な家の前に立ち、玄関がわからずに戸惑っているところ、泉が学校から帰ってくるのだった。再会を喜び合う二人だったが、すぐに日が暮れてしまう。その夜、満男は地元の旅館を探し出し、料金が安くなるということで相部屋に通されるのですが、そこの相手がなんと寅さんなのだった。
寅さんがくるまやに電話をかける。さくらが「大変なのよ。満男が家出したの」と泣き言をいう。それに答える寅さんは優しく満男と交代、電話口で大泣きするさくらと満男。「青春よ」と呟く寅さん。
満男と泉ちゃんの恋物語が軸として進行しますが、佐賀で出会った泉の祖父に気に入られた寅さんは泉の叔母さんの寿子(壇ふみ)に好意を持ったこともあり、満男と一緒に勧められるがまま晩飯を食べ、そのまま宿泊することにするのでした。
寿子の夫は堅物の高校教師で、唐突な客人たちを快く思ってはいない。バイクを飛ばして東京から泉に会いにきた満男のことも「浪人生が勉強もしないで高校生の少女に会いにくるなんて」と嫌味な言い方で非難する。
渥美清と吉岡秀隆のW主演となっている作品で、クライマックスは九州から柴又に帰った満男が家族や地元の人々から歓迎される場面です。そこに寅さんが電話をかけてきます。電話を通してくるまやの人々が入れ替わり立ち替わり寅さんと話そうと頑張る姿が映されます。遠く離れた地方の駅で公衆電話に硬貨を投入しながら受話器に向かって語りかける寅さん、やがて硬貨が途絶えて通話がプッツンと切れる。晩秋の風が吹く中、一人駅に佇む寅さんは、寂しくなったのだろうか、目の前にいる学生たちに声をかけるような仕草を見せる、、、。
ラストシーンはどこかの神社での正月です。「平成二年」の文字が見えます。そう、三十年前の日本の風景なのですよ。

この作品の中では電話の描写が印象に残ります。電話は通話の道具であります。私は公衆電話を頻繁に使っていた経験がありますので、硬貨がなくなって会話がプツンと切れてしまう感覚が懐かしく感じられるのであります。
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