ガストのモーニング2020年09月02日

私は普段ファミレスを利用しないのだが、去年のこと、保険屋と契約の話をしたのをきっかけに何年かぶりにガストに行った。入り口で、黒い服を着た女の店員に十時半まではモーニングの時間ですよと案内された。真夏なのに黒ずくめの上下に黒いエプロンしかも下は長ズボンである。葬式みたいな服だと思ったのだが、前みたいな明るい色のスカートにエプロン姿は流行らないのだろう。
紹介されたモーニングセットには洋食と和食があり値段も手頃で、飲み物とスープはセルフ方式でおかわり自由だった。テーブルも広く、駅前のファーストフードや、喫茶店よりも快適だった。そのことを覚えていたので、今朝、車を運転して近所のガストに行った。先日図書館で借りた「怒りの葡萄(上)」の返却日、今日中に読みきらなくてはならない。あと五十頁ほど残っている。家で読むよりもファミレスの方が集中できそうな気がしたのだ。朝の店内には年配の客が多い。「お好きな席に」と言われたので、道路側にある窓際のテーブルに行き、座った。スクランブルエッグにフランスパンのセットを注文し、冷たい烏龍茶を飲んだ。

画像は文と関係ありません。

濹東綺譚2020年01月27日

私は二ヶ月に一度の頻度で地方に旅に行く。国内旅行ですね。自分が住んでいる場所が起点となるので、全国どこに行こうがその方向は地方であると言えよう。
一月下旬、私は早朝の便で関空から成田へ飛んだ。着陸後、滑走路からバスに乗って移動し、第三ターミナルに到着した。さらに移動し、第二ターミナルの中を巨大な旅行鞄を転がしている人たちとぶつからないように歩き、鉄道に向かう通路の脇にあったコンビニで読売新聞を買った。京成電車の券売機で切符を買い、改札を二度通ってホームへの階段をおり、上野行きの特急に乗った。始発の次の駅なので車内は空いている。新聞記事の一面は、新型肺炎 武漢在留邦人帰国へ、だった。新型コロナウイルスの影響で政府は中国武漢市に在留する日本人のうち希望者全員を帰国させる方針を決めた、と。大相撲初場所で幕尻力士の徳勝龍が初優勝、幕内の番付最下位にあたる幕尻の優勝は二十年ぶりらしい。
約一時間後、船橋市内の駅で降り、用事を済ませてまた移動した。本屋に入った。旅行中の空いた時間の慰めに文庫本を買おうと思ったのだ。選んだのは永井荷風の「濹東綺譚」三百七十円(税別)だった。
書き出しは「わたくしは殆ど活動写真を見に行ったことがない。」
活動写真が趣味で年間百本以上は見ている私とは大違いのお方であります。昭和十一年の著作で、当時の向島寺島町が舞台である。現代では墨田区の西部、東京スカイツリーのある付近だと思われる。初老の男が私娼街玉の井へ通っていたおり、雨降りの偶然で娼婦のお雪と知り合い、打ち解けてその家に通い詰めるようになる。そこは売春宿である。雨が降る日には溝から水が溢れ出し、トタン葺きの屋根からは雨だれの音が聞こえてくる。夏でも長火鉢に炭火があって湯沸かしが置いてあり、家の中には蚊が飛び交っている。吾妻橋から道路が開かれ市営バスの往復が延長され、東武鉄道が盛り場の西南に玉の井駅を設けて夜の十二時まで雷門から人を載せて来るようになった云々、大正から昭和になり戦争が始まる以前、すでに町並みの盛衰を嘆いている中年男がいたことがわかって興味深い。本編の後、作後贅言という後書きが追加されていますが、ここでは銀座の町が震災後にすっかり変わってしまったことを嘆いている。震災とは大正十二年の関東大震災のことを指していると思われる。関西もしくは九州からきた人が増え、彼らは東京の習慣を知らない、と。
西船の大衆酒場でビールと煮込み(その他)を飲んで食い、JRで千葉市内に。ホテルで風呂に入ってNMB48山本彩の卒業コンサートのDVDを見て、寝た。

なんだか気になったので、その後映画「濹東綺譚」のDVDも鑑賞した。平成四年製作の新藤兼人監督、津川雅彦主演の作品である。見方によってはエロじじいの放蕩日記のようにも思え、楽しめる人は限られるのではなかろうか。わたしゃ、面白かったですが。

四人組がいた。2019年04月07日

高村薫の本は好きなのだが「太陽を曳く馬」以降の作品は読んでいなかった。「晴子情歌」の頃から難解な旧仮名遣いの表現が出てきて、それでも母子の話のうちは良かった。「新リア王」では仏教の専門用語が何の説明もなく普通に飛び交い、「太陽を曳く馬」に至ってはオウムの教義に関する考察にまで頭を使わねばならぬようになる。
宗教に関する予備知識がなければ読み解くことが難しく、寺の和尚ならばわかるのだろうが、信心からは程遠いところに存在する一般市民の私などには、物語の中に入り込むのに敷居が高くなってしまった。仕事を辞めて暇な時間ができたら専門書を紐解いて学習してからあたらめて読み直してみたい。
「四人組がいた。」は私の中では十年ぶりの高村薫の作品である。
舞台は山奥の寒村。村の郵便局兼集会所に集うジジババ四人の話で、平たく言えば現代における老人達のお伽話である。現代社会の風刺が毒々しく語られているが、毒薬の作用が限定的なテレビの松本人志みたいに本人は面白いつもりでも見る人によってはちっとも笑えない。そんな小説だと思いました。
TNB(田んぼ)48の「ベビーローテーション」とか、かなりベタベタなギャグがあり、これは本当に、かつて旧仮名遣いと仏教で私の脳みそを悩ませたあの高村薫の文章か、と。
お伽話の短編集。また読みたいと思ったので、今度は離島の漁村とかを舞台にして描いてください、高村先生。

それまでの明日2018年02月16日

原尞(はらりょう)作の私立探偵沢崎シリーズ。「愚か者死すべし」以来、十四年ぶりの新作が出るという。
にわかに信じられなかったが、どうやら本当らしい。早川書房のWEBで告示されているのを確認した。
2018年3月1日発売決定、題名は「それまでの明日」
これまでの著作は長編が四、短編集は一のみ。年代は処女作が1988、二作目が1989、短編集が1990。長編三作目の「さらば長き眠り」が1995年。ここで一旦シリーズの大まかな流れが完結していて、その後期待していた新作は出ず、時は流れた。一連の作品の記憶が脳みその箪笥の奥に片付けられた頃、「新シリーズ第一弾」の触れ込みで登場したのが「愚か者死すべし」だった。2004年、実に九年ぶりの新作で、読後の正直な感想は別にしても、とにかく沢崎シリーズの復帰に喜びを覚えていた。後記による作者曰く「本作につづく第二作、第三作の早期の刊行をもって云々」という事で、次作を期待していたのだが、続きはなかった。


今年になって「さらば長き眠り」の文庫本を再読する機会があり、久しぶりに思い出して、原尞のことをWEBで検索してみたら、2018年3月1日発売決定、の記事に遭遇してしまったわけである。
刊行を記念して紀伊国屋書店において作者のサイン会があるという。他の誰でもない原尞に会えてサインがもらえるのである。私は彼の長年のファンである。この機会を逃したら次回は三十年後になるかもしれない。
迷うことはないので紀伊国屋に電話して「それまでの明日」の予約をし、サイン会の日時と受付場所の確認をした。私は伝説の作家に会いに行く。

大川(旧淀川)2017年07月18日

大坂城の北側を流れている川。豊臣期の大坂城では天然の堀で、北の総構として城の外郭であった場所である。
今日は天満橋で仕事があり、帰り道で地下鉄に乗る前に、地上の景色を写真に収めて来た。
今、万城目学の「とっぴんぱらりの風太郎」を読んでいる。「大坂の陣」の頃を駆け抜けた伊賀忍者たちの話である。まだ途中であるが、最後には大坂城が焼け落ちて豊臣氏が滅亡し、その後も徳川による偏執的なまでの虐殺や城郭の殲滅が行われるのは史実なので、少なくとも実在の登場人物たちの行く末は予想ができるのである。
万城目さんの小説、今回は過去の作品と比べて、根底に暗い雰囲気が漂っていて少なからず意外な印象を感じずにはいられない。豊臣家の悲劇は日本における、その後四百年の歴史を変えてしまったのだ。
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