洗濯機、北林谷栄、爆弾 ― 2025年11月17日
SHARPの洗濯機、ES-F420。1996年製なので、私が大田区から船橋の社宅に引っ越した頃に購入した製品だと思われる。複数の転居を経て現在に至る。最近、使用中に停止するようになり、電源ボタンを入れ直して再起動し、動かさねければならないようになってしまった。一回の再起動でよかったものが、何度もやらねば動かぬようになってきて、そろそろ買い替えの時期が来たように思われる。三十年近く私の衣服を洗ってくれて感謝します。ありがとう。
時代劇専門チャンネル、鬼平犯科帳(1)第十三話「笹やのお熊」
長谷川平蔵の昔馴染みの婆さん、お熊が登場する回で、中村吉右衛門(鬼平役)と北林谷栄(お熊役)の掛け合いがとてもよく、見応えがあった。ところで北林谷栄さんという役者だが、どうも見覚えがあると思って、過去の録画を確認してみたら、やっぱり前略おふくろ様で分田上の女将さんをやっていた人だった。
前略―は昭和五十年、鬼平―は平成元年の作品だから十四年の時間差があるわけで、それなりに年をとっておられたが、あんな滑舌のいい関東弁は普段なかなか聞けないよ。
爆弾 およそひと月半ぶりの映画館だった。原作は評価の高いミステリー小説だそうだが、私は読んでいなかった。取調室での会話劇が見どころになっている。傷害事件の被疑者が謎かけのようなことを喋り出し、その時間通りに爆弾が爆発する。言っていることを無視できなくなった捜査官たちが爆弾の在処を聞き出そうとするのだが、まともに答える気がなく、無駄とも思えるような話が続く。その言葉の節々にパズルのピースのようにヒントが散りばめられている。警察官は脳みそを絞って回答を導き出さねばならない。爆発は一回だけではなく、時間をおいて次々と発生する。男は会話を楽しんでいるだけで、肝心のことはしゃべる気がないので、絶望的とも思える事情聴取が延々と繰り返されてゆくのだ。これ、活字として読む分にはいいのかもしれないが、映像にするのは難易度が高かった、か。
時代劇専門チャンネル、鬼平犯科帳(1)第十三話「笹やのお熊」
長谷川平蔵の昔馴染みの婆さん、お熊が登場する回で、中村吉右衛門(鬼平役)と北林谷栄(お熊役)の掛け合いがとてもよく、見応えがあった。ところで北林谷栄さんという役者だが、どうも見覚えがあると思って、過去の録画を確認してみたら、やっぱり前略おふくろ様で分田上の女将さんをやっていた人だった。
前略―は昭和五十年、鬼平―は平成元年の作品だから十四年の時間差があるわけで、それなりに年をとっておられたが、あんな滑舌のいい関東弁は普段なかなか聞けないよ。
爆弾 およそひと月半ぶりの映画館だった。原作は評価の高いミステリー小説だそうだが、私は読んでいなかった。取調室での会話劇が見どころになっている。傷害事件の被疑者が謎かけのようなことを喋り出し、その時間通りに爆弾が爆発する。言っていることを無視できなくなった捜査官たちが爆弾の在処を聞き出そうとするのだが、まともに答える気がなく、無駄とも思えるような話が続く。その言葉の節々にパズルのピースのようにヒントが散りばめられている。警察官は脳みそを絞って回答を導き出さねばならない。爆発は一回だけではなく、時間をおいて次々と発生する。男は会話を楽しんでいるだけで、肝心のことはしゃべる気がないので、絶望的とも思える事情聴取が延々と繰り返されてゆくのだ。これ、活字として読む分にはいいのかもしれないが、映像にするのは難易度が高かった、か。
盤上の向日葵 ― 2025年11月17日
特別予算が組まれ十分な撮影期間を与えられ全国縦断ロケを敢行し豪華キャストが集合した年末年始特番の長編サスペンス劇場のような映画だった。刑事たちの捜査を丹念に追いかけながら同時に犯人の視点で過去の経緯が描かれてゆく。少年の生い立ちから恩師や将棋との出会い、競技将棋と賭け将棋、表と裏の真剣勝負の世界が重厚かつ丁寧に回想される。その過程で登場する大人の男たちが実に魅力的である。将棋のことはわからないが、基盤の上で睨み合う勝負師たちの姿に引き込まれてしまった。退職金で数百万円の駒を買うという(ちゃんと奥さんがいらっしゃる)元校長先生がとても自然に説得力を持って見える。高村薫とか山崎豊子とか、おっさんを書かせたら天下一品の女性作家さんがいらっしゃいますが、この原作の柚月裕子さんもそうなのかもしれない。機会があれば読んでみたいと思いました。
主題歌はサザンオールスターズ。作品の内容からして、個人的にはコテコテの演歌の方が合っているように思います。曲のアレンジを変えて鳥羽一郎か石川さゆりが歌えばさらにしっくりきたに違いない。
主題歌はサザンオールスターズ。作品の内容からして、個人的にはコテコテの演歌の方が合っているように思います。曲のアレンジを変えて鳥羽一郎か石川さゆりが歌えばさらにしっくりきたに違いない。
港のひかり ― 2025年11月24日
日本海の小さな漁港に流れてきた元ヤクザの漁師といえば私は高倉健の夜叉を思い出さずにはいられない。
日本海、雪、小さな漁港、漁師、浪漫のある設定です。
これは漁村で孤独に暮らす初老の元ヤクザと両親を亡くした弱視の少年の友情を描いた人情劇なのです。
撮影は八十才越えの木村大作さんで、フィルムを使って撮られているそうである。デジタルと違って現像するまで出来上がった映像を見ることができないから、現場での確認作業が不可能である。全然関係ない素人の話を聞いていただけるならば、私、二十代の頃、父親からもらったペンタックスのカメラを使って写真を撮っていました。もちろん、フィルムカメラです。写真屋に行って現像してもらい焼いた写真を見るまでは、自分が撮った絵がどんな色をしているのか、どんな表情をしているのか、わかりませんでした。普通の人ならデジタルカメラに移行してしまうと、もうフィルムには戻れません。
今でもフィルムを使うというのは余程のこだわりがないと出来ないことです。CGなど無いだろうから映画の中で降っている雪は本物だろう。本物でないと出せない景色というものは確かにあるだろう。デジタルでも本物の雪を撮るのは可能なわけでありますが、それでも監督以下、木村大作さんはフィルムを採用しているのだ。私ら観客レベルでは、デジタル、フィルムの映像をスクリーンで二分割して見せられないとその違いはわからないだろう。
映像のことは別にしても、いい話だった。私は映画館で良い時間を過ごさせてもらった。
日本海、雪、小さな漁港、漁師、浪漫のある設定です。
これは漁村で孤独に暮らす初老の元ヤクザと両親を亡くした弱視の少年の友情を描いた人情劇なのです。
撮影は八十才越えの木村大作さんで、フィルムを使って撮られているそうである。デジタルと違って現像するまで出来上がった映像を見ることができないから、現場での確認作業が不可能である。全然関係ない素人の話を聞いていただけるならば、私、二十代の頃、父親からもらったペンタックスのカメラを使って写真を撮っていました。もちろん、フィルムカメラです。写真屋に行って現像してもらい焼いた写真を見るまでは、自分が撮った絵がどんな色をしているのか、どんな表情をしているのか、わかりませんでした。普通の人ならデジタルカメラに移行してしまうと、もうフィルムには戻れません。
今でもフィルムを使うというのは余程のこだわりがないと出来ないことです。CGなど無いだろうから映画の中で降っている雪は本物だろう。本物でないと出せない景色というものは確かにあるだろう。デジタルでも本物の雪を撮るのは可能なわけでありますが、それでも監督以下、木村大作さんはフィルムを採用しているのだ。私ら観客レベルでは、デジタル、フィルムの映像をスクリーンで二分割して見せられないとその違いはわからないだろう。
映像のことは別にしても、いい話だった。私は映画館で良い時間を過ごさせてもらった。
ウェポンズ ― 2025年11月30日
ある日の深夜、小学校の1クラスの児童17人が家を飛び出して、全員が行方不明になる。冒頭が秀逸で怖く、一気に引き込まれた。私の実家がそうなので、同じ感じなのだと思いましたが田舎の住宅地は平屋か二階建ての家ばかりで背の高い建築物が全くなく、空が広く、灯りがないから夜が暗い。そんな夜の暗さがこの作品の恐怖感を高めるのに役立っていると思いました。
羅生門方式と言えば良いのか、教師、父親、警官、こそ泥、校長、少年、と、複数の人物の視点で進行し、後になるほど事件の全体が見えてきて、最後の方で黒幕の正体が判明する。
小学生の頃、家と学校の間が自分の全ての世界だったが、この映画はその限られた空間で起こる異質な出来事を描いている。自分の家の周りで大量の神隠しが起こったらものすごい不安感に襲われるだろう。
魔女狩りが発生するという住民たちの心理がよくわかる。
劇場では半年ぶりの洋画だった。
羅生門方式と言えば良いのか、教師、父親、警官、こそ泥、校長、少年、と、複数の人物の視点で進行し、後になるほど事件の全体が見えてきて、最後の方で黒幕の正体が判明する。
小学生の頃、家と学校の間が自分の全ての世界だったが、この映画はその限られた空間で起こる異質な出来事を描いている。自分の家の周りで大量の神隠しが起こったらものすごい不安感に襲われるだろう。
魔女狩りが発生するという住民たちの心理がよくわかる。
劇場では半年ぶりの洋画だった。





最近のコメント