合川2025年07月01日

大阪から高速道路に乗って約3時間、和歌山県田辺市まで行った。
山道を辿って日置川の上流まで行き、ダム湖で釣りをするのだ。十年くらい前まではときどき通っていた場所なのだが、今回は久しぶりである。和歌山の南の方まで来ると道路が変わっていて、私の古いカーナビは使い物にならない。高速道路が延長されていて、前よりもずっと南の先まで行けるからだ。
山間部で高速道路を降りるとコンビニがないのではないかと予測して、手前の白浜で一般道に出た。ナビがあてにできないので、助手席にいる友人にスマホで位置情報を見てもらうことにした。白浜は有名な保養地だから、すぐにコンビニが見つかると思っていたが、予想に反して何も見つからなかった。海辺の道を進んでも進んでも釣り餌の売店はあるのだが、コンビニがない。俺たちは人間の餌が欲しいのだ。便所に行きたくなって、道の駅に立ち寄った。待っている間にAがスマホで検索し、すぐ近くにローソンを発見した。
この後、日置川を探し当て、山道に入っていったが、コンビニはさっきのローソンが唯一だった。走行中に町中を一切通らないからこのようなことになる。
午前7時の予定時間よりも十数分遅れて目的地に到着。運転中、予約した貸しボート屋から電話がかかってきた。「近くまで来ています」と返答。コンビニを探して彷徨っていなかったら、もっと早く着いていただろう。
夜は近くの民宿に宿泊。風呂に入り、メシを食って明日の弁当を受け取り、支払いを済ませた。部屋に行き、少しだけテレビを見たが、すぐに眠くなって、布団を敷いて寝た。明日は早朝6時に出発、二日目の釣りである。

夏の砂の上2025年07月08日

小さな子供を亡くし、働いていた造船所は潰れ、妻は浮気をしている。小浦治の虚無的な佇まいと陽炎が立つ夏の日差しが鬱陶しい、長崎。
妹の阿佐子が娘の優子を連れてきて、しばらく預かってくれと言い、男のところへいってしまう。優子は高校生、17歳。治の妻の恵子は、たまたま家にいたに過ぎないが、実は別居しているのだ。実の兄とはいえ、男一人住まいだとわかっていたら、いくらなんでも高校生の娘を預けるには躊躇したかもしれない。
阿佐子が去ったのち、妻の恵子もじゃあねと、家を出ていき、伯父と姪が残る。妻の無関心さが際立つ場面である。同じ夏休みの映画でも、菊次郎の夏みたいに中年男と少年ではなくて、中年男と若い女の夏。私のような俗人にとって、この設定は何やらいかがわしい予感がするが、優子さんは小浦治の家にバイト先の大学生を連れ込んで、やらしいことをしているので、観客が心配するような伯父と姪の淫らな関係にはならない。あくまでも肉親の伯父さんと姪では、ある。緩いが治も親代わりとして優子を気にかけている。
ただ、一緒に夏を過ごすうちに優子はだんだんと治の醸し出している虚無感に共鳴するようになる。劇中では語られることはないが、もしかしたら自身の生い立ちに何らかの共通点があるのかもしれない。好意を寄せてくる大学生に惚れているようには全く見えず、むしろ突き放している。
幽霊のような伯父と姪が炎天下の長崎で暮らす夏休み。乾ききった砂のような心に潤いをもたらす雨は降るのでしょうか。

サマーツアー2025年07月13日

Zepp Osaka Bayside 。去年は難波だったのに、今年はBayside、不便なところだ。最寄りの駅は桜島。天王寺で環状線に乗り換えて西九条。西九条からゆめ咲線に乗り換えで終点、桜島である。一つ手前がユニバーサルシティでUSJの最寄駅になっていて、そこで大量の乗客が降りた。到着したのは正午前で、まだ時間があり近くのセブンイレブンで飲み物を買って店の近くで日陰に入って涼んでいたら、イベントスタッフの人がきて「ここでタムロしないで下さい。苦情が入っています」と。そんなつもりはないのだが、関係ない近場の人たちからしたら迷惑なのだろう。難波と違ってここの近くには暇を潰す場所がないので、私たちは日陰を求めて線路脇の歩道にある植え込みの木陰に向かい点々と散らばってゆくのであった。夏の暑さはつらいよ。
開場時間になり、館内に入った。昨年は夜のみだったが、今年は昼夜公演両方に参加する。
終わったのは午後八時半ごろ。長時間だが、楽しめたのでいい。
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