ぼくは明日、昨日のきみとデートする ― 2017年01月09日
主人公の男の子が一目惚れしたヒロインにメアドを聞く場面があるが、彼女は携帯電話を持っていないと言う。
いまどきの若者にはあり得ないだろうという設定だが、携帯電話があったらこの物語は成立しない。
出会った時から謎かけのような伏線が張られていて、しかも観客に対して隠そうともしていない。
ヒロインが連絡してくるのは必ず公衆電話からで、普通に考えたら怪しすぎるのだけれど、主人公の南山君は惚れた弱みか恋は盲目なのか、完全に受け入れているのだ。
携帯電話がなかった時代にさかのぼりしたような二人のやりとりは、便利さに慣れてしまって気の短い現代にはそぐわないのかもしれない。舞台が京都なのはこの話には相応しいように感じた。古さが似合うのだ。
よくぞ思いついたものだと思わせるストーリーで、映画の後半で押し寄せてくる切なさが半端ではない。
小松菜奈は「溺れるナイフ」もよかったが、笑顔が痛々しいという演技は誰にでも出来るものではないと思った。
いまどきの若者にはあり得ないだろうという設定だが、携帯電話があったらこの物語は成立しない。
出会った時から謎かけのような伏線が張られていて、しかも観客に対して隠そうともしていない。
ヒロインが連絡してくるのは必ず公衆電話からで、普通に考えたら怪しすぎるのだけれど、主人公の南山君は惚れた弱みか恋は盲目なのか、完全に受け入れているのだ。
携帯電話がなかった時代にさかのぼりしたような二人のやりとりは、便利さに慣れてしまって気の短い現代にはそぐわないのかもしれない。舞台が京都なのはこの話には相応しいように感じた。古さが似合うのだ。
よくぞ思いついたものだと思わせるストーリーで、映画の後半で押し寄せてくる切なさが半端ではない。
小松菜奈は「溺れるナイフ」もよかったが、笑顔が痛々しいという演技は誰にでも出来るものではないと思った。





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